YouTubeでニュースを流すことがあります。
ボクの住んでいる無料シェアハウスはテレビが見れませんのでネットニュースになるんです。
そこでYouTubeのニュースをたまに見るんですがまったくもって自分に関係のないことがらがおおいなとおもいます。
不謹慎ではありますが大量の死傷者がでているニュースですらあんまりボクは関心がもてません。
もちろん「かわいそう」「たいへんそう」って思うことはあるしすこしくらい募金というかたちで支援することもありますができることなんてそんなにありません。
だからあんまり関心が持てないのです。
むしろ
自分の人生にあんまり関わりがないのであんまり関心がもてないのです。
どちらかというと「マクドナルドが値上げします」「ガソリンの価格が高騰します」とかのほうが僕にとっては致命傷をうけるニュースだったりします。というより感じるのです。
とても不謹慎ですがしょうじきなところであります。
ニュースはぼくにとってあまり意味をもたないのです。
ニュースとは?
ニュースは自分に関心のあること以外あんまり頭にはいってきません。
世界経済が下向きとかいわれても自分の貯金以外はあんまり興味がありません。
なにかがどこかに連動しているのはなんとなくわかっているのです。
でもだからといって自分に何かができるかどうかなんてあんまりないとおもっています。
これはあんまりいっちゃなんですが「政治」もそうなんです。
もちろん自分の小さな1票がなにかをうごかす力をもっているっていうのは理屈ではわかっています。
でもあんまり興味がない。
若い頃はマジメに投票したけどあんまりなにも変わらないっていうのが現実だなっていうのが僕のだしている結論です。
どちらかというとシステムエラーやグレーゾーンをみつけて小賢しく立ち回るのが僕にとっては重要だと判断しました。
だっておおきなことは変えれないからです。変える気もなくなっている。希望を持てていない。
ニュースから話は逸れましたが「自分に関係・関心のないことは残酷な判断をしてでもきりすてている」って感じの自分を感じます。
でもそれでいいとおもいます。だれも責任なんてとらないのです。自分のことは自分でまもります。自分のまわりを助けていくだけです。
顔も名前もしらない人のためにうごかないです。自分の手の届く範囲の人やことのみ関心を持っていきたいとおもいます。
ニュースは娯楽だ
「あぁそんなことが」「あぁそうなんだ」くらいの受け取り方が僕にとってのニュースです。
言い方はわるいけど「見て終わる」のがぼくにとってのニュースなのでただの娯楽です。
本を読んで「たのしかった」「かなしかった」くらいの感想を消費していくポジションとかわりはありません。
かわいそうなニュースをみて「かわいそう」って表明や共感をしないと村八分にされる世の中なんてほんと建前だけの表面の部分だけをなぞっているだけなのでとてもつまらないなとおもいます。
ホンネで生きていきたいものです。